根気笛のヒト

先日、玉川上水を散歩していたら、前方からピーピーと音が聞こえてきた。数十メートル先に、ある女性が、ベンチに座って、葉っぱを口に当てて音を奏でているのだった。帰り道だったので、私は少しずつその女性に近くなり、いよいよ前を通り過ぎようとした時、(あれ?何処かで聞いたことあるメロディ、、なんの歌だっけ) 

女性の前を通り過ぎてそのメロディを頭の中で反芻しながら数メートル過ぎた時、気付いた。「もしもピアノが弾けたなら」確か、西田敏行が歌ったやつだ、と。(いいメロディだなぁ。なつかしい) そう思っていたら、女性は、曲を吹き終えた。私はゆったりとスローなリズムで拍手をしながら、振り返った。すると女性は立ち上がり、私の方に歩いてきた。私も今来た道を戻って、女性の方へ歩いて行った。私はその間、ずっと拍手をしていた。私は女性に、「なんの曲か分かりました。もしもピアノが弾けたなら ですね」女性は頷いて、ふたりは前を向いて (私の帰り道) 歩き出した。女性は、後期高齢者だと自分から話してくれた。(後期高齢者って、何歳かしら)

女性の頭に小ぶりな帽子がぽんと乗っている。綿のチュニックを小洒落に着こなしていて、私には年齢不詳に見えた。女性はその後、「上を向いて歩こう坂本九、「瀬戸の花嫁小柳ルミ子、その他知らない曲などを、葉の笛で吹いて下すった。

途中、一度葉を変えたりしながら。・・・彼女のワンマンショーだ。それを独占してる私・・・

女性と私はゆっくり上水緑道を歩いた。なんだかいつもの緑道ではなく、草原に来ているような気になった。女性の話によると、最初は吹き方をヒトに教わったとの事。音を出すのはわりと簡単だけれど、音階を自分で出せるようになるのが難しかったとの事。今までに教えて欲しいというヒトがいて教えてあげた事もあったけれど、多くのヒトが歌を吹けるようになる前に辞めてしまったとの事。でも少人数、吹けるようになったヒトもおられたとの事。「私はね、根気笛って呼んでるの」と教えてくれました。根気強くやらないと歌を吹けるようにならないらしい。その後、歩きながら玉川上水に咲く、ふでりんどう、という名のかわいくて小さい藤色の花が咲いてる事を教えてくれた。又、笛にするのに適している葉がどこに育っているのかも教えてくれた。緑道から道路の通りに出て、又私は右の緑道を。女性は左の緑道を、互いに並行して別の道を歩いて帰った。途中で「すみません〜」て声のする方を見たら、上水を挟んで向こう側を歩いていた根気笛の女性が「ここにりんどうがたくさんあるからね〜竹藪のなかよ〜」と又、教えてくれて私は「ありがとうございます〜」と返した。

私は自宅に着いてからも、後日、玉川上水を歩いてる時も、じわじわとその出会いを思い出してる。又お会い出来る事があるかしら、と思ったりしてる。あのヒトが笛を吹く行為は、玉川上水全体が身体に入っているから出来るのではないか、と思う。

だって、一枚の葉は、木の枝に付いていて、光合成をしたりしてる。木の枝は幹に繋がっていて、幹は土のなかに根を生やしているのだから。

私も言葉の土壌を耕して自分という木に生える葉を通して根気強く言葉を出していきたいと思ったりした。